土木学会インフラマネジメント新技術適用推進委員会(委員長:田﨑忠行)では、「インフラメンテナンス分野の新技術適用推進に関する提言」を公表しました。
当該委員会では、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム「インフラ維持管理・更新・マネジメント技術」(SIPインフラ)の活動をフォローアップし、新技術の適用推進方策について提言を取りまとめました。
この提言では、公共事業インフラを対象として、メンテナンス分野における新技術適用の現状・課題を整理するとともに、生産性向上につながる新技術の適用を推進するための制度構築とその基幹となる性能規定に基づく発注仕様の制度を具現化するための方策を示しています。
本提言は次の項目で構成されております。
1.はじめに
2.新技術適用に関する現状認識
3.新技術適用を推進するための制度構築の提案
4.性能規定による発注仕様の制度を具現化するための方策
5.おわりに
以下に提言本文を記します。また、PDFファイルでもご覧いただけます。
「インフラメンテナンス分野の新技術適用推進に関する提言」(PDF, 238KB)
■本提言に関する問合先
公益社団法人土木学会技術推進機構 柳川・信田
メール:yanagawa (at) jsce.or.jp
※現在、土木学会では、新型コロナ感染拡大防止のための「緊急事態宣言」を受け、テレワーク体制ですので、問い合わせはメールでお願い致します。
2020年4月23日
土木学会インフラマネジメント新技術適用推進委員会
笹子トンネル天井板崩落事故から7年が経過した。この事故を契機に各インフラの老朽化に対応した各種施策が本格的に始動した。道路インフラでは、5年サイクルの点検・診断が義務化され一巡するとともに、診断結果に基づき、順次補修等の措置が進められてきた。また、土木学会では、各種インフラの現状の状態を国民に周知させるため「インフラ健康診断書」を実施・公表してきた。一方、技術開発及び新技術の現場実効性の観点から、内閣府で戦略的イノベーション創造プログラム「インフラ維持管理・更新・マネジメント技術」(以下、SIPインフラと略す)が5年間精力的に展開され、多くの成果1)を得た。
しかしながら、笹子トンネル事故から時間が経過するにしたがいメンテナンスに対する社会的な関心が薄らぐこと、また、インフラ管理者においても、SIPインフラのような国家プロジェクトが実施されたにもかかわらず、メンテナンスの生産性向上に繋がる新技術の適用に関して決して積極的でないことが危惧される。
このような問題認識から、土木学会インフラマネジメント新技術適用推進委員会(委員長:田﨑忠行)では、公共事業インフラを対象として、メンテナンス分野の新技術適用の現状・課題を整理するとともに、生産性向上につながる新技術の適用推進のための制度構築とその基幹的な制度である性能規定に基づく発注仕様の制度を具現化するための方策を提言する。
本四架橋や青函トンネルなどの我が国の基幹的インフラの建設に当たっては、時代の最先端を行く新技術を駆使して難関を突破してきたが、近年そのようなチャレンジングなプロジェクトが少なくなってきたことは否定できない。
一方、土木業界も他産業と同様に、就業者の高齢化と需給の逼迫が進行しており、熟練技術者のノウハウの伝承とともに生産性の向上が喫緊の課題である。とくに高度成長期に整備されたインフラが完成から数十年を経過し、点検、診断、補修などのインフラメンテナンスが重要になっているが、この分野は新設とは違って、個々の事例ごとに周辺環境、利用履歴、補修履歴が異なり、的確な管理のためには限られた人的資源も考慮すると、とくに生産性向上が必要である。このためには従来にも増して作業の効率化、現場作業の工場製品化、施工の平準化を進めるとともに、土木分野の技術がガラパゴス化しないためにも、生産性向上に資する新技術の適用を推進する必要がある。
SIPインフラは2014~2018年度の間、精力的に展開された。このSIPインフラの5年間の経験を通じて、インフラメンテナンスの分野に土木は無論のこと、情報通信、電気電子、応用物理、ロボット、社会システム、機械等多くの分野の技術者が関心を示し、研究に参画した。これだけ多くの分野の技術者が関心を示したにもかかわらず、今までこれらの分野の新技術適用が少なかったのには、それなりの理由があった。多くの参加した技術者から聞かれたのは、土木への参入の壁は高い、というものである。すなわち、世の中には実用化されていない新技術のシーズがたくさん眠っており、特に、土木分野以外の技術は、土木事業への参入ノウハウが不十分な場合が多く、その多くが参入のきっかけをつかめない、あるいは他分野の研究者からみると、土木分野への参入は、単に事例応用的な活動となってしまうように見え、参入意欲を持てないでいるのが現状である。これでは開発マインド、研究マインドが高い研究者・技術者を呼び込むことは難しい。土木分野に参入することで、単にシーズを技術展開できるだけでなく、新たな研究・技術シーズのアイデアが得られ、研究のさらなる発展、新たな技術の開発につながる可能性が高いことを、土木分野が積極的に他分野、他学会に示していくことが重要な鍵となろう。
新技術のニーズを表明する主として公共事業発注者は、事業実施上の課題を克服しようとしてニーズを提示するわけであるが、その性質上、技術分野は土木分野やその周辺分野にとどまることが多く、特に飛躍的な技術革新を求めたり、他分野まで視野を広げる必要があるインフラメンテナンス分野においては、なかなかニーズを提示しづらい。また、発注者は従来以上に事業執行に関する説明責任を負っており、人員削減が進む中で極めて多忙な執務環境のなかで、なかなか新技術の発掘に取り組む時間的余裕がないのが実情である。結果として従来の発想を打ち破るような新技術、他分野との融合から生まれる新技術が生まれにくい面があり、換言すればここを突破することにより土木が一層の飛躍が期待できると考えられる。
多くの公共事業では発注者が発注図書で工事についての技術仕様を規定するために、その仕様に合致しない新技術は原則として採用されないことがSIPインフラの経験から明らかとなった。合致しない新技術の開発者が発注者に採用を働きかけても、多くの発注者は「基準にないものは使えない」という反応になって挫折する場合も多い。我が国の技術競争力を高めるための施策としてSociety5.0の実現が謳われており、建設業においても生産性向上に向けi-Construction推進、AI・ICT利用等への取り組みが進んでいるが、ここでは分野融合による先端・新技術の導入が不可欠であり、従来型の仕様規定がその妨げとなっていることが懸念される。
高度成長期には社会資本整備も整備量が期待され、規格化、基準化が進んだが、メンテナンスも重視される近年では、個々の案件ごとの技術的吟味が重要になりつつある。規格化、基準化の時代には対応する機関が規格、基準を策定して全国的にこれに沿った整備を実施するのが効率的であったが、メンテナンスのように個別性が重視されるときには、それぞれの担当技術者がそれぞれの案件にふさわしい技術を採用すべく努力すべきである。今日、インフラメンテナンスを担う技術者は、以下の制度構築を認識し、整備量を「こなす技術者」から、個々の案件をじっくり「考える技術者」への転換が求められている。
2.で整理した課題を解決する一案として、インフラメンテナンスの分野において、技術開発者からの提案をもっと柔軟に受け付ける、シーズサイドの新技術活用の促進を提起したい。これによって土木関係は無論のこと、土木以外の分野の技術者も、インフラメンテナンスに対する新技術開発の意欲がわいてくるであろうし、異分野との融合も促進されると期待される。
2019年2月に国土交通省道路局が発出した「新技術利用のガイドライン(案)」2)は、受注者から新技術利用を提案、協議するというもので、シーズサイドの新技術活用の第一歩として評価できる。
SIPインフラを中核とした地域実装支援チームによって地域企業が開発した新技術を自治体と共同して社会実装にまで至った事例など、産官学の分野で新技術の開発、社会実装に向けた活動が活発になって着実な成果が生まれており、ニーズとシーズのマッチングが重要である。国土交通省が進めているi-Construction推進コンソーシアムにおける現場ニーズと技術シーズのマッチング、インフラメンテナンス国民会議における現場ニーズと技術シーズのマッチング、テーマ設定型技術公募によるNETIS新技術の実現場における活用・評価など、多くの意欲的事例が集積しつつあり、今後の動向に期待したい。
新技術の社会実装を進めるにあたっては、新技術開発者と発注者の橋渡しが必要である。技術開発者には発注者の意思決定プロセスには不慣れなケースが多く、どのようにして新技術を発注者に採用させるかのノウハウが不足している場合が多いからである。様々なニーズとシーズのマッチングの試み、SIPインフラにおける地方拠点大学を中心とした社会実装の努力は、これらの困難を克服する成果を上げてきた。今後とも新技術開発者に対し、とりわけ公共事業への実装に関するノウハウや、技術評価に耐えられるシミュレーション、室内試験、現場実験や、採用された新技術のフォローアップ、実装により得られた知見の技術開発へのフィードバック等への助言を行う人材の確保、拠点の整備など、技術開発と現場適用がローリングすることにより、進化が継続する新技術適用制度の構築が必要である。
2-2でも触れたが、SIPインフラを通じて、土木分野と異分野の技術、人及び企業が融合することによって、全く新しい技術や発想が生まれることを多くの関係者が共有できた。インフラメンテ分野では、今後ともSIPインフラと同様に、土木分野が異分野技術を取り込む、融合する、異分野から土木分野に参入するなどの多様な形態によって革新的技術を生み出すことを希求すべきである。
土木分野がこの技術の多様化を具現化するためにも、以下3-5に述べる性能規定化の導入・移行が必要である。
インフラメンテナンスに関してシーズサイドの新技術開発を促進するための基幹的な方策として、発注仕様の性能規定化がある。従来のように発注者が仕様規定で工事目的物の材料、構造を規定してしまえば、受注者の創意工夫は施工法に限定されてしまう。性能規定化により、工事目的物を含んだ新しい技術を提案して技術競争することが可能になる。
次の4.では、性能規定に焦点をあて、具現化に向けた方策を提案する。
性能が個々の案件ごとに整合性がとれていなくては不都合であるので、性能規定に関する全国統一の包括的基準が必要である。包括的基準には、耐荷力、耐久性、安全性、使用性、環境性能、施工性、性能の確認方法等が含まれる。発注者は、発注にあたっては求める性能を記した性能規定と性能の確認方法等を示す。ここで、性能規定においては、計画→設計→施工→供用→維持管理→更新・撤去の各サイクルにおいて各段階間での情報伝達の仕組みとツール整備が必要であり、インフラメンテナンスの観点から、要求性能の設定に当たり、対象となる技術では、何をインプット(前段階からの情報)とし、何をアウトプット(後段階への情報)とするかを明示することが重要である。同時に、要求性能の設定においては、設計施工一括、PFI/PPP、ECIなど受発注形態の選択肢の広がりも反映できる体系とする必要がある。また、近年、急速に技術開発が進められているAI、自動施工、3-Dプリンティングなどのこれまでに実績のない革新的技術の導入に対する受容性も勘案した規定とすることを考える必要もあろう。
応札者は示された性能規定に合致するような技術提案を行う。提出された提案を発注者は、必要に応じて学識経験者の意見も聞きながら評価して採否を決定する。急激にこの方式に全面移行するのではなく、限定的な数で試行して、その運用を確認しながら進めることが現実的である。また、地域限定的な既存規制の一時的停止・緩和(サンドボックス制度)、新技術導入促進支援拠点設置など、新技術導入促進のための施策も検討の価値があると考えられる。
性能規定化のためには、必要な入札契約制度の整備が不可欠である。公共工事の品質確保の促進に関する法律(品確法)の基本方針に、必要な規定を加えることも必要である。
技術は常に進化し続けなければならない。ところが新技術が実用に耐えるという評価を得られると、これを発注基準や積算基準に取り込むというのが従来の流れであった。このようなプロセスは今後とも存続すると考えられるが、新技術の終着点が基準化となると、技術基準が膨大、煩雑になること、さらなる改良は基準改定を伴うことから、改良に対するインセンティブを阻害し、そこで新たな技術開発が止まる恐れがある。これに代わる方策として、新技術提案に当該技術の仕様や性能の確認方法の基準も含めるという選択肢を認めることが考えられる。いわば民間発の技術基準といえる。民間技術者資格制度・技術認証制度の活用を図りつつ、この技術基準が公的機関の認証を受けることは、信頼性を得る一方法である。
性能規定化に対応するために、土木系企業及びインフラメンテナンスに関わる多分野の体制整備・関与が必要である。従来からの技術開発努力に加えて、土木主導により、異分野の技術情報収集、活用方策の研究を活発化する必要がある。こうすることにより、土木における研究開発が一層多面化し、魅力の向上に資することができ、古市公威初代会長が提唱された「将に将たる人」の実現につながることが期待できると思量する。
新技術開発の中でも初期投資費用の大きなものは、投資回収のめどが立ちにくく、投資に踏み込みにくいケースが多い。内容を吟味したうえで、技術開発や現場への試行的適用に公的資金の活用を促進すべきである。
新技術開発とその適用推進に資する産官学連携を強化するために、技術開発にかかわる企業、民間技術者と大学をはじめとする研究機関の橋渡し、社会実装につなげるための助言を担う拠点の整備が必要である。土木学会も、他学会との連携も視野に入れつつ、その役割を果たすべきである。
ここでは、インフラメンテナンス分野を主体として新技術適用を推進するための制度構築を提案し、とくにその基幹制度として性能規定化を位置付け、その具現化に向けた方策について提言した。言うまでもなく、この提言の基本的な考え方は、新設、更新の土木分野全体にも適用でき、その広がりを期待したい。
また、「性能規定化」は、国内のみならず、インフラの整備状況、環境条件、技術基準類の整備・運用、技術人材の数・技術水準等が多岐にわたる海外諸国への本邦技術の展開にあたっても重要かつ基礎的な概念となることも付記する。
【参考文献】
1)内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP;Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program, SIP):「インフラ技術総覧」、2019年1月
http://www.jst.go.jp/sip/dl/k07/sip_k07_souran.pdf
2)国土交通省:「新技術利用のガイドライン(案)」、平成31年2月
https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/yobohozen/tenken/yobo5_1.pdf
3)土木学会SIPインフラ連携委員会:「社会インフラの維持管理・更新・マネジメントに関わる新技術の開発と活用拡大を考える- 取組みと提言- 」,2019 年 3 月
http://committees.jsce.or.jp/opcet_sip/system/files/SIP_tec_report.pdf
4)土木学会SIPインフラ連携委員会:「SIP インフラ新技術地域実装支援活動報告書 - 地域のインフラ維持管理の今後に向けて -」、2019 年 1 月
http://me-unit.net/wp-content/uploads/2019/05/SIP-Report-Index.pdf
役職 | 氏名 | 所属 |
委 員 長: | 田﨑 忠行 | 日本建設機械施工協会 |
副委員長: | 野田 徹 | 清水建設 |
委員会顧問: | 魚本 健人 | 東京大学名誉教授 |
藤野 陽三 | 横浜国立大学 | |
幹事長: | 信田 佳延 | 土木学会 |
委 員: | 石田 哲也 | 東京大学 |
井上 慶司 | 内閣府 | |
黒田 保 | 鳥取大学 | |
清水 隆史 | 建設技術研究所 | |
土橋 浩 | 首都高速道路 | |
中村 光 | 名古屋大学 | |
長井 宏平 | 東京大学 | |
野坂 周子 | 国土交通省 | |
野澤伸一郎 | 東日本旅客鉄道 | |
濱田 秀則 | 九州大学 | |
藤井 優 | 鳥取県 | |
蒔苗 耕司 | 宮城大学 | |
松藤 洋照 | 国土交通省 | |
水口 和之 | 東日本高速道路 | |
矢吹 信喜 | 大阪大学 | |
横田 弘 | 北海道大学 | |
六郷 恵哲 | 岐阜大学 | |
委員兼幹事: | 阿部 雅人 | ビ-エムシ- |
岩城 一郎 | 日本大学 | |
岩波 光保 | 東京工業大学 | |
岡田 有策 | 慶應義塾大学 | |
新田 恭士 | 土木研究所 | |
若原 敏裕 | 大崎総合研究所 | |
和田 祐二 | 経済調査会 | |
オブザーバー: | 高橋 正光 | 内閣府 |
塚田 幸広 | 土木学会 |