仕事の風景探訪:事例5【デザインのチカラ】【土地の記憶のチカラ】
事業者:長崎市中央総合事務所地域整備2課
所在地:長崎県長崎市
取材・執筆:茂木俊輔
編集担当:高尾忠志((一社)地域力創造デザインセンター代表理事/仕事の風景探訪プロジェクト・九州支局長)
撮影(特記以外):茂木俊輔(前掲)
何の変哲もない道路だと思ったら、大間違いだ。場所は、長崎市の中心部に伸びる紺屋通り。手前には寺社が立ち並ぶ寺町通りが走り、奥には石橋群で知られる中島川が流れる。市は一帯を対象とする道路修景計画を策定し、その中で景観舗装に関する方針を決定済み。一帯の将来像である「和のたたずまいと賑わいの粋なまち」を景観舗装のテーマに掲げる。この計画に基づき、市はこの紺屋通りで道路改良事業を実施し、2023年12月に工事を終えた。
なるほど舗装に目をやると、車道は白の骨材を30%ほど混ぜたアスファルト舗装のウォータージェット仕上げ、歩道は透水性の平板舗装。通常のアスファルト舗装より多くの予算を投じ、景観舗装のテーマに見合う舗装材をあえて採用している。この道路改良事業の見所はしかし、そこだけではない。最大の見所は、歩車道を分ける「白線」にある。
この「白線」、舗装止めの役目を果たす縁石と歩車道を明確に区分する区画線を兼ねている。
道路改良事業を担当する道路管理者の立場で言えば、歩車道で異なる舗装材の間に舗装止めの縁石を置きたい。一方、交通管理者である警察の立場で言えば、歩車道を明確に区分するため区画線を描きたい。双方の言い分をそのまま形にすれば、縁石と区画線は並存することになる。
ところがここでは、そうはならずに、縁石と区画線が一つにまとめられた。具体的には、150mm幅の白い縁石を舗装止めとして埋め込んだのである。ドライバーや歩行者などの道路利用者からは、それはただの「白線」にしか見えない。縁石と区画線の兼用である。
その立役者が、長崎市中央総合事務所地域整備2課で道路改良事業を担当した作本裕介氏だ(写真右)。2013年度以降10年以上にわたり景観専門監として公共事業の監修と職員の育成に取り組んできた地域計画家の高尾忠志氏(写真左)は「作本さんだから、できた。地元警察との協議の場で、もう一押し、もう二押し、粘っていましたからね。道路行政の現場でも担当者が踏ん張ると、こんなことも実現できるんですよ」と評価する。
作本氏がこの道路改良事業を担当することになったのは、2023年4月。前年度からの継続事業を前任者から引き継いだ。対象区間は、寺町通りから中島川沿道までの約133m。車道を片側1車線・幅員4.0mで確保したうえで、その両側または片側に歩道を整備する計画だ。
道路修景計画では紺屋通りを自動車・歩行者の交通量の多さから「歩車分離の道路」と位置付けていた。この計画に基づき歩車分離を徹底しながら、道路修景の観点から、歩車道の舗装を通常のアスファルト舗装から冒頭に紹介したような舗装材・仕上げに改めたのである。
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ただ歩道と言っても厳密には、歩行者や自転車の通行スペースにあたる路側帯だ。歩車分離の必要性はあるが、道路構造令で定める最低幅員を確保できないため、車道の際に区画線をはっきり描くことで、歩行者や自転車の通行スペースを車道とは明確に切り分ける。
引き継ぎを受けた時には、地元警察との協議はまだこれからという段階。この段階では、作本氏はごく当たり前のように、舗装止めとしての縁石と歩車道を区分するための区画線を並存させる案を警察担当者に投げ掛けた。「ところが、それではドライバーが縁石と区画線を見間違う恐れがあるから、縁石の上に区画線を描いてほしい、と跳ね返されました」(作本氏)。
釈然としないのは、作本氏だ。縁石の上に区画線とは、屋上屋を架すかのよう。「地元警察との協議で詰めるべき点がまだ積み残されていたところに、この申し入れです。正直、困りました。警察との協議は本来、施工会社を選定するまでには終えておくべきものです。工事発注に向けた準備作業を並行して進めていただけに、短期間で知恵を絞る必要に迫られました」。
交通管理者側の言い分をそのまま受け入れることも可能だ。法令上も予算上も、問題はない。「しかし、……」。作本氏はここに来て、ある思いを巡らすことになる。
ものづくりは、こだわることで良くなる――。自身の体験として、市中心部に2017年11月に開園した出島表門橋公園の整備事業がある。公園行政を担当するまちづくり部みどりの課(当時)に配属されていた時期に携わったプロジェクトだ。「まちなかに立地することから景観面で一段と配慮して整備した公園です。ここでも舗装にはこだわりました。細部までこだわることで出来上がりの質が上がることを、この時に実感しましたね」。作本氏は当時を懐かしむ。
(写真提供:長崎市)
こだわりのポイントは大きく2つある。一つは、公園部分と歩道部分の舗装に同じ舗装材を用いたうえで、管理者が異なることから目に付きがちな境界は点字ブロックを並べることで自然な形に納めた点だ。もう一つは、舗装材の向き。表門橋を中心とする公園であることを強調する狙いで、舗装材には橋に向かうかのように45度の角度を付けて敷き詰めたのである。この2つに共通するのは、公園利用者や歩行者にとって歩きやすく心地良い空間にしよう、という心意気だ。
歩きやすさと心地良さは紺屋通りの道路改良事業でも求められた。言い方を換えれば、道路構造令上の歩道を確保できない中での歩車分離の徹底と景観舗装のテーマに見合う舗装材の採用である。この2つを実現しようとするなら、縁石の上に区画線を描くのは決して悪くはないが、どうにもムダな感じが付きまとう。その自らの違和感に、作本氏はこだわった。
そこで生まれたのが、縁石として白い部材を採用し、その天端を区画線に見立てる、というアイデアだ。このアイデアには出島表門橋公園の整備事業でもタッグを組んだ高尾氏もすぐに同意する。「警察側の言い分をそのまま受け入れられないときは、道路管理者側の言い分と折り合いをつけ、第三のアイデアとして示す必要がある。まさに、その第三のアイデアです」。
幸い、白い縁石もカタログ掲載の商品として調達が可能だった。「ただ幅は200mmだったため、それを区画線の幅に合わせて150mmに加工してもらう必要はありました。それでも割り増し費用は掛からず、通常の縁石と同程度の費用に収まる見通しでした」(作本氏)。
このアイデアが、決定打になる。地元警察との協議は2024年5月、作本氏が担当してから約1カ月で無事に終わる。実はそこには、市内の前例も力を貸している。
場所は、中島川に架かる眼鏡橋の詰広場交差点。眼鏡橋と一体で見られる場所であることから、交差点を石舗装で仕上げる方針を立て、横断歩道の白線も白い舗石で表現した例である。
「こうした前例を説得材料として利用できました。過去にも同様の実績があったからこそ、縁石と区画線を一つにまとめるという提案を受け入れてもらえました」。作本氏は協議成立の背景を分析する。
施工期間は2024年4月から12月までの8カ月間。同年8月には作本氏が現在所属している部署である水産農林部水産農林整備課に異動したため、同時に中央総合事務所地域整備2課に新たに配属された馬場雅俊氏が施工期間中に後を引き継いだ。
「区画線は路面塗装なので、次第に消えていきます。しかし白い縁石なら、区画線として消えてしまうことがない。費用対効果は案外高いかも」。馬場氏がそう指摘すると、作本氏も「確かに。この『白線』なら消えないな」とうなずく。想定外のメリットだ。
「このプロジェクトでは少しの工夫で達成感を得られました。そうした達成感を味わえたことが、次に担当するプロジェクトでのモチベーションにつながります」。プロジェクトに携わる醍醐味を作本氏はそう振り返る。好循環の源は、「少しの工夫」にある。
その工夫を生み出すのは、「まちを良くしたい」という思いにほかならない。まさに公共事業でまちの価値を上げることを目的に事業の監修と職員の育成に取り組んできた高尾氏は、道路行政に携わる土木技術者にこうエールを送る。
「土木は地味な仕事です。道路の整備くらいでは、ほとんど注目されません。しかし道路は、地域の中でベーシックな空間です。まちを良くしたいという思いの下、そこが丁寧につくられ、場所性に見合う仕上がりになれば、まちで快適に過ごせるようになるんです」